<社説>イシグロ氏ノーベル賞 文学で「平和に貢献」を


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 長崎市生まれの英国人小説家カズオ・イシグロ氏のノーベル文学賞受賞が決まった。日本人関係では1968年の川端康成氏、94年の大江健三郎氏に次ぐ受賞となった。

 イシグロ氏は長編第3作の「日の名残り」で英文学の最高峰であるブッカー賞を受賞して、英文学を代表する世界的な作家として知られるようになった。
 スウェーデン・アカデミーは授賞理由について「偉大な感性を持った小説によって、世界とつながっているという幻想に潜んだ深淵(しんえん)を明らかにした」と説明し、作品を賞賛した。
 イシグロ氏は「世界で価値観とリーダーシップ、安定が揺らいでいる時代に、この出来事(ノーベル文学賞受賞)が起きた。私が大変な栄誉を受ける事が、小さな形であっても良心と平和に貢献することを望んでいる」とコメントした。誠実な人柄がにじみ出ている。
 長崎市生まれで5歳の時、海洋学者だった父が英国の研究所に招かれ、一家で移住した。小説を書き始めた動機は「私の日本の記憶を保存することにありました」と語っている。最初の長編「遠い山なみの光」にはイシグロ氏の記憶がちりばめられ、続く「浮世の画家」も日本を舞台にしている。
 代表作「日の名残り」は、日本ではなく古きよき時代の英国を舞台にした。だが、キーワードの「記憶」は変わらない。
 品格を重んじる英国人の老執事が、休暇を取って自動車で旅行しながら、にぎやかだった過去を回想する。大英帝国の繁栄が消えていく諦念と、主人公の人生が重なる。旅の終わりの夕方、桟橋での場面が印象的だ。抑制の効いた繊細な雰囲気で描かれるのだが、ユーモアも漂う。
 その後、臓器移植のクローンを描いた「わたしを離さないで」や、アーサー王伝説を使った「忘れられた巨人」など新たな題材を取り入れた。今後のイシグロ氏の作品に注目したい。
 一方、沖縄文学を見渡すと、今から50年前、大城立裕氏の小説「カクテル・パーティー」が沖縄から初の芥川賞に輝いた。1990年代後半までに県出身作家の芥川受賞者は4人を数えたが、その後は若手の書き手に元気がないと指摘されてきた。
 大城立裕氏はモチベーションを持つこと、問題意識や突き動かされることの発見が大切だと指摘している。
 名桜大学の山里勝己学長(英米文学)は「沖縄文学は世界文学としての水準を獲得できると思う。『カクテル・パーティー』もそうだし、最近は沖縄文学が翻訳され、世界的なレベルで研究、分析され、ほかの文学と比較されるようになっている」と述べている。参考にしたい。
 これから新しい書き手がどんどん誕生し、世界中に翻訳されることを期待する。