『沖縄骨語り』 3万年の旅の「しおり」


社会
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『沖縄骨語り』土肥直美著 琉球新報社・1058円

 本書は一人の人類学者が沖縄の古人骨と向き合った、調査録である。著者の土肥直美は形質人類学者として1992年に琉球大学に赴任し、沖縄の遺跡や古墓の調査を行ってきた。私たちの祖先の人骨を読み解き、生活の様子を詳(つまび)らかにしてきた。古くは約2万年前の港川人と同世代の人骨から、沖縄戦の遺骨まで、実に延べ千人以上に及ぶという。

 人骨・調査録と聞いて敬遠される方もおられるかと思う。しかし、本書は発見の感動とそこに至る研究過程を縦糸に、出会ってきた各地域・各時代の人骨の語りを横糸に平織された、随筆集のような読み物である。

 人間の骨格は、約200の骨で構成されているとされ、骨の肉眼観察や計測は勿論(もちろん)だが、化学分析など肉眼では見えない情報も含め、そこから多くの事実を引き出すことができるという。具体的には、男女や年齢といった基本情報をはじめ、時代を追って変化する顔つき、私たちの祖先と世界の人々との繋(つな)がりをDNAなどから紹介する。また、首里城の城壁内側から発見された、額に傷を負った人骨からは、振り下ろされた刀の動きを明らかにする。古人骨の語りは実に饒舌(じょうぜつ)である。

 評者は考古学を専門とし、琉球・沖縄の歴史を遺跡から紐解(ひもと)いている。日頃から人類学の研究にも関心を寄せてきたが、改めて人骨の語りがいかに雄弁かを見せつけられた。もはや琉球・沖縄史が骨抜きには語れない事を本書が教えてくれる。

 沖縄のお墓は薄暗く狭い空間で、作業は苦労も多かったと思う。また本書で触れられているように、ご出身が熊本ということで、地元沖縄の方に琉球が薩摩に侵攻されたことを引き合いに、お叱りを受けたという。研究者として資料に恵まれないこともあったとされるが、コツコツと続いた20年の研究の努力の先に白保竿根田原(しらほさおねたばる)洞穴遺跡の発見がもたらされたものと思う。

 本書は、沖縄約3万年の時間旅行の「しおり」として、長く携行されるだろう。

(宮城弘樹・沖縄国際大学講師)

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 どい・なおみ 1945年熊本県出身。九州大理学部卒業。専門は形質人類学。1992年から2010年まで琉球大医学部解剖学准教授。共著に「沖縄人はどこから来たか」(ボーダーインク)など。