『気がつけばみんな同じだったりする』 誰にでもある愛の物語


社会
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『気がつけばみんな同じだったりする』瀬良垣りんじろう著 ボーダーインク・1296円

 本書は「私は沖縄の普通の、ありふれた中年のおじさんです」という一言から始まる、統合失調症をもつ母との生活を共にした著者の、普通ではない日常を綴(つづ)った愛の物語である。

 しかし、本書に登場する愛のかたちは、ミニシアター系の映画で紡がれるような、繊細で今にも切れそうなか細い糸のような愛である。その愛は、様々な障壁により幾度(いくど)となく切れそうになるが、決して切れることはない。血縁関係、婚姻関係、医者と患者の家族という関係であったとしても、人と人が繋(つな)がる間には愛があり、愛とはこんなにも強く温かいものだと教えてくれる。

 出張中の移動先の空港で読んでいたのだが、不覚にも人前で感涙してしまった。精神疾患などを患う方への支援を仕事としている身としては、精神科医療や福祉、行政に携わる関係者には必ず読んでほしい一冊である。

 障がいがある方や、何らかの疾患を抱える方に対しての医療・福祉サービスは充実してきている。しかし、家族に対しての公的支援はお世辞にも充実しているとは言い難い。ましてや、病院や施設、役所の窓口に親戚や子供が一緒に来ることは稀(まれ)なため、支援者には家族の辛(つら)さが見えにくい。そのため家族に「もっと頑張りましょう!」と鞭(むち)打つことすらある。本書は、家族であっても自分の人生という物語の主人公であることを教えると同時に、著者のユーモラスな文体からは、私には制度や支援者に対してのアンチテーゼとして突き刺さった。

 しかしだ。本書は医療や福祉に従事する者だけが読むものではない。むしろ、どんな世の中であっても愛を信じていたい人に読んでほしい。本書の登場人物に悪人はいない。ただ、愛とは向かうベクトルにより交差もすれば、守るために誰かを傷つけてしまうこともある。複雑に絡む、か細い糸のような愛が、最後には柔らかく温かい毛糸として紡がれていく素敵(すてき)な物語なのだ。そして気づくだろう。これは特異な環境下に育った人のストーリーではなく、誰にでもある小さな愛の物語なのだと。

(神谷牧人 〈株〉アソシア)

 

気がつけばみんな同じだったりする―統合失調症の母とオイラの日常
瀬良垣りんじろう
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